都市化が進み、気持ちも体も自然から離れがちな現代。自然と都市をつなぐ事業を創っている会社が福岡にある。携帯の電波が届かない山の中でも現在地が確認でき、山での遭難防止につながる地図アプリ「YAMAP」を提供している株式会社ヤマップだ。社員の多くが登山やアウトドアを愛してやまない。自身も若い頃から登山を愛する代表取締役の春山氏にお話を伺った。
都市化が進み、気持ちも体も自然から離れがちな現代。自然と都市をつなぐ事業を創っている会社が福岡にある。携帯の電波が届かない山の中でも現在地が確認でき、山での遭難防止につながる地図アプリ「YAMAP」を提供している株式会社ヤマップだ。社員の多くが登山やアウトドアを愛してやまない。自身も若い頃から登山を愛する代表取締役の春山氏にお話を伺った。
僕は20歳の頃に山登りをはじめて、写真に出会い、写真家の星野道夫さんに非常に影響を受けたので、写真家で生きていきたいという想いがありました。日本の大学を卒業した後、星野さんがアラスカで写真を撮20歳の頃に山登りをはじめ、アラスカをフィールドに活躍していた写真家・星野道夫さんのお仕事に強い刺激を受けました。星野さんの影響もあり、旅人ではなく生活者に近い目線でアラスカを見たい。アメリカ先住民の人の生き方や暮らし、アザラシ猟や鯨漁などの狩猟を経験したい。その想いから、日本の大学を卒業後、アラスカ大学フェアバンクス校に入学、学生として約2年の間、アラスカで過ごしました。
星野さんのお仕事に出会い、私も写真家として生きていこうと心に決めました。その当時、『風の旅人』という最高のグラフィック雑誌があったんですが、「その編集長に受けとめてもらえる写真が撮れなければ写真家として生きていけないだろう」と思い、アラスカで撮りためた写真を編集長へ送りました。
結果、自分の写真が『風の旅人』に掲載されることはなかったのですが、編集長とご縁ができ、アラスカから帰国した後、一緒に働かせていただく機会を得ました。20代のうちに尊敬する人のもとで働くことができたのは、貴重な経験でした。東京にある『風の旅人』の出版部で約3年働いたあと、2010年に福岡へ帰ってきました。そして、2013年にYAMAPの事業を開始し、今に至ります。
そもそも「メリット・デメリット」という物差しで、福岡を選んでいません。
東京で働いていたこともあって、「経済圏としては東京の方が圧倒的に有利だな」と今も感じています。東京はおもしろい人や刺激的な仕事、情報も多い。住みやすくていい街だと思っています。
東京の良さを知った上で、故郷である福岡へ帰ってきたとき、街が寂しく見える瞬間がありました。未だ支社経済中心で、若い人が少ない...。これは福岡だけの問題ではなく、日本のほぼすべての地方都市が抱える問題なんじゃないか。地方の現実を実感したとき、生まれたところや住んでいる街でスタートラインが遅れている、有利・不利が分かれるような社会って嫌だなと感じました。社会の理不尽さに気づいたのであれば、自分なりに一石を投じなければ「生き方として恥ずかしいな」と思ったんです。
「本気でやれば、シリコンバレーや東京でなくても、自分たちが好きな場所、地方であっても仕事はできるんだ」というロールモデルを、私たちの世代でつくろう。しがらみも含めて自分と馴染みのある福岡で仕事をしよう。そう思って福岡を選びました。
YAMAPは英語と台湾語に対応、アメリカやニュージランドの国立公園の地図など海外の地図もつくっています。まだ少数ではありますが、海外にもユーザーはいます。
グローバル進出は創業当初から考えています。福岡などの地方都市であっても「世界を相手に勝負できる」と確信している最大の理由は、スマホです。
スマホは世界中の人々が持つ通信機器。スマホに対応するソフトコンテンツやアプリを開発すれば、言語を変えるだけで世界中の人に届けられる時代になった。これは革命的な変化です。スマホが登場したからこそ、シリコンバレーや東京でなくても、九州という島の北側でも勝負できる時代が来た。なので、スマホをビジネスの土俵にするのであれば、最初から世界を視野に入れておいた方がいい。
また、私たちのビジネスは、登山・アウトドアというニッチ分野です。ニッチではありますが、ニッチをグローバルで積み重ねていくとマスになる。グローバルニッチの分野を地方企業が目指すことに、大きな可能性を感じています。
サービスに厳しい日本のユーザーに鍛えられながら、日本でYAMAPを盤石にし、海外へ展開していく。今までは「地方で起業→うまくいったら東京進出!」というのが一般的だったかもしれませんが、東京へ寄り道せず、さっさと海外へ行く方がおもしろいし、可能性は広がる。
もちろん、海外展開のハードルの高さは承知しています。日本発のアプリサービスで世界標準になっているサービスは未だありませんから...。収益も含め日本にてYAMAPのビジネスモデルを安定させてから、海外へ挑戦していきたい。そう思っています。
登山やアウトドアが好きなメンバーやYAMAPが実現したいことに共感して信じるメンバーしか基本的にいない
二つあります。ひとつは、作り手である人間が、ユーザーとしてもサービスを使い倒せるほど、そのサービス領域が好きなこと。もうひとつが、コミュニケーション能力です。
まず、ひとつ目に関して。
作り手である私たちもユーザーじゃないといいサービスはつくれないと思っています。今いるメンバー(社員)は、登山やアウトドアが好きな人や、YAMAPを通して実現したいミッションに共感している人しか基本的にいないです。
採用のとき最初の面談で、「会社のために働くのではなくて、この会社やこのサービスが目指すことと自分がやりたいことが、どれだけ重なっているかを自分の目で判断してください」ということを、私からお伝えしています。どこで誰と働くかは、人生において重要な選択なので、ご自身で見極めてください、と。
会社やサービスが目指すことと自分のやりたいことの重なりが大きければ、「モチベーションアップだ!」と、他人から言われなくても、自分で自分の炎を燃やし続けることができる。重なりが少ないと、モチベーションややり甲斐を外から注入してもらわないといけない、他者依存の状態になってしまいます。やり甲斐の炎は自分たちで燃やす「自律・自立した働き方」こそ、最高の職場をつくると思っています。なので、重なりが少ない人は、どんな優秀な人であっても入社をお断りしています。
ふたつ目のコミュニケーション能力に関してです。
YAMAPは、メンバー間でのコミュニケーション、チームワークを重視しています。特に開発に関しては、創業当初からリモート体制を取ってません。理由は、同じ時間・同じ場所で働く方がコミュニケーションが円滑で、ストレスが少ないからです。
私たちは、受託の仕事を一切していません。自分たちのプロダクトだけで勝負している会社です。自分たちで考え、自分たちの手でプロダクトを日々改善していかなければならない。だからこそ、メンバー間でのコミュニケーションとチームでのクリエイティビティーが大切になります。
リアルの場で一緒に仕事をするからこそ、スムーズなコミュニケーションができる。良質なコミュニケーションがあってこそ、自分の脳を飛び越えて他のメンバーの脳とつながり、いいアイデアを思いついたり、円滑な機能実装の実現ができる。そう感じています。
誰かの役に立つとかいいシステムを残すということに本気になれるのが20〜30代
私たちの世代でどういう社会システムをつくり、次の世代に残すか。シンプルに言えば、それだけです。
現代は変化が激しく、テクノロジーもすごい速さで進んでいます。この時代に生きることの良さというか僥倖は、「変化を前提にしてどう生きるかを本気で考え、実践することができる点」だと私は思います。
既存の社会システムにとらわれず、自分たちの手で、今の時代に最適な社会システムやサービスを生み出すことができる時代。ここにワクワクできるか、恐れるか。個人個人の生き方や姿勢が、問われる時代にもなっている。
「自己実現」や「個人のお金儲け」といった小さな話ではなくて、「誰かの役に立つ」とか「いいシステムを次世代に残す」という大義に、心から本気になれるのが、私たち20代〜30代・ミレニアム世代の素晴らしさだと思います。大義を掲げ、正直に本気で仕事をしていきたいですね。
私の尊敬する人に神話学者のジョーゼフ・キャンベルさんという方がいます。彼の「Follow your bliss.」という言葉を今も大切にしています。意味としては、「生きている喜びに素直であれ」ということでしょうか。
若い人、特に大学生は、机の上での勉強が中心になり過ぎていることもあって、意味にとらわれがちです。私自身もそうでした。けれど、意味にとらわれすぎると、動けなくなってしまう。
日本の大学を卒業し、アラスカへ行くと私が言ったとき、周りから「アラスカに行って何の意味があるの?」と聞かれました。でも、そもそもアラスカへ行くことに意味なんてありません。意味がわかってないから経験したいのであり、経験してから自分なりの意味を見い出すことができるはずなのに...。なぜ経験をする前から意味に縛られないといけないのか...。
意味の世界から離れて、自分のやりたいこと、自分が無我夢中になれることを追い求めていくといいと思います。ワクワクやドキドキ、生きている喜びを感じる経験を積み重ねていけば、意味も意義もあとから勝手についてくる。生き方そのものが仕事になってくる。
キャンベル氏の「Follow your bliss.」という言葉に、そのことを教えてもらった気がします。